井上寛司著『日本中世国家と諸国一宮制』

評者:岡田 荘司
「日本歴史」746(2010.7)

 中世一宮は、諸国の「国鎮守」と呼ばれ、「国々擁護の霊神」(『類聚既験抄』)とされる。その神社史である諸国一宮研究は、中世諸国一宮制研究会(のち一宮研究会)の研究成果である『中世諸国一宮制の基礎的研究』(岩田書院、二〇〇〇年)の刊行により、基礎研究が進み、研究の進展が図られた。同研究会の代表として、その牽引的役割を果たされたのが、本書の著者井上寛司氏である。
 本書は、これらの成果を踏まえて、多様に展開していった中世の諸国一宮制について、「この時代に特有な一つの国家的な神社制度と捉える観点に立って、その成立から解体に至る過程の全体を、できるだけトータルな形で解明することを目的」とした、井上氏長年の研究に基づく待望の集大成である。
 つぎに本書の構成と概要を紹介したい。

 序章「中世諸国一宮制研究の課題と方法」では、研究史の整理と現在における研究の到達点と問題点、および研究分析の視角などを論じる。
 第一章 中世諸国一宮制の成立
  第一節 研究史の概要と特徴
  第二節 中世諸国一宮制の基本的性格
  第三節 中世諸国一宮制の成立過程
 第二章 中世諸国一宮制の構造と特質
  第一節 社官組織
  第二節 社領構成
  第三節 造営形態
  第四節 祭礼構造
 第三章 中世諸国一宮制の変質
  第一節 中世後期(南北朝・室町期)一宮の類型区分
  第二節 中世後期一宮の諸形態
  第三節 中世諸国一宮制の変質と形骸化
 第四章 中世諸国一宮制の解体
  第一節 戦国期一宮の諸形態
  第二節 戦国期一宮の類型区分と中世諸国一宮制の解体
 四章にわたり、成立と特質、また平安後期の成立から戦国期の解体へ至る過程を詳細に論じ、最後に結章「総括と展望」(「中世諸国一宮制(国鎮守)の歴史的性格」/「中世諸国一宮制と日本中世国家」)を収める。

 これまで一宮研究の多くは、個別研究であったが、本書では諸国全体を対象に多様な形態をもつ事例の類型分析を明らかにしたことが第一の特徴である。その第二は、これまで研究が手薄であった中世後期に焦点をあてたことである。中世後期については、個別研究はあるものの、その諸国の動向を総合的に把握し、類型化を試みた研究ははじめてである。また、出雲国・長門国における事例を詳細に論じる。
 本書の後半部(第三・第四章)は、一宮制の変質・解体の過程であり、この時期に「国衙・社家(一宮)相共に」から守護と一宮との関係に変質するとともに、世俗権力(国衙・守護)と宗教勢力(一宮)とが相対的自立性を保ちつつ、補完的関係によって「国」支配秩序を維持することができたとする。中世後期の形骸化では、中央と地方とを結ぶ多様で複合的関係、また諸国一宮が天皇・公家・武家などと直接結びつく傾向、神祇官の白川家、卜部(吉田)家との結びつきなどに注目する。また、解体期の展開では吉田神道成立との関連、中世顕密体制の解体過程とも一致することなどを論じる。

 本書の全体を通じた「国鎮守(一宮)」は、各国の政治・社会秩序の維持・安定を実現するための守護神であり、その政治的・社会的・宗教的機能を集中的・一元的に担うもので、各「国鎮守」が相互に連携しあって日本国全体の維持・安定を実現していくことが基本的特徴とされる。
 この「国鎮守」の対概念の位置にあるのが「王城鎮守」である二十二社制であり、中世においては両者が連携して日本国全体が守護されるものとする(六六頁)。その十六社・二十二社制の骨格の成立は十世紀初頭であり、同時期に成立する国家祭祀制度の一つである大神宝制を重視し、国内随一の神社の地位を得るには、日本の理論的骨格をなす天皇神話の各国ごとの状況に応じた具体化により達成されたとする(六八頁)。

 諸国一宮制を中世における国家的神社制度と位置づけた本書は、中央と地方・地域とを結ぶ中世神社史と国家史研究に新たな研究の方向性を提示したものであり、諸国一宮制の基本問題を中世国家論として提起した。この井上氏論の前提となっているのが、恩師黒田俊雄氏の権門体制国家論と顕密体制論とである。とくに顕密体制論については、神社の位置づけが不十分であり、神社史研究が欠落しているとの明快な黒田批判が、前著(『日本の神社と「神道」』校倉書房、二〇〇六年)で示された。これを受けて本書では、顕密体制はその一環にある神社を媒介にすることで中世の寺社勢力は中世国家論の核心に据えられるのであり、公的・国家的な神社制度が重要な位置にあるとする。そして諸国一宮制研究の深化こそ、中世国家論を前進することができるとし、黒田論の進展を意図している。前著は本書の前提となる神道・神社論であり、併せて読まれることをお薦めしたい。

 なお、本書では中世諸国一宮制を国家的神社制度として積極的に捉えているが、この見解には、井原今朝男氏、上島享氏、岡田荘司らの批判があり(一宮研究会編『中世一宮制の歴史的展開』下、岩田書院、二〇〇四年)、この反批判に、井上氏の「中世諸国一宮制の歴史的構造と特質」(『国立歴史民俗博物館研究報告』一四八集、二〇〇八年)があることを申し添えておきたい。
(おかだ・しょうじ 國學院大學神道文化学部教授)


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