小川千代子著『世界の文書館』
評者・細井守 掲載誌・レコード・マネジメントNo.41(2000.)


 本書を含む「岩田書院ブックレット〈文書館シリーズ〉」は手頃なサイズと価格で文書館に関する情報を提供してきているが、シリーズは本書で5冊目になる。
 わが国に文書館なる施設が登場して、2000年で41年を迎える(1959年4月、山口県文書館設立)。以来、わが国の文書館界は諸外国を「先進」とみなして歩み続けてきているが,じつは実務の現場に届いている外国の情報は驚くほど乏しい。
 公文書館法成立(1987年12月)をめざし文書館運動盛り上がりを見せた時期に刊行された、安澤秀一『史料館・文書館学への道』(吉川弘文館、1985年10月)でアフリカ諸国を含む諸外国の事例が紹介されて以来、欧米に偏ることなく「世界の文書館」事情を簡潔にまとめた本書は待望の一冊ともいえよう。
 著者は、国立公文書館の在職を経、ICA(国際文書館評議会)円卓会議役員(金国歴史資料保存利用機関連絡協議会代表)その他の職にあって、数多くの国際会議に出席し、諾外国に関する知見をおおやけにしてきている。また近年は、自ら発行する「DJIバイマンスリーレポート」(国際資料研究所発行。1995年一)でも精力的な情報発信を行っている。本書は、1990年代初頭から現在に至るまで雑誌等に報告されたものに多くの書き下ろしを加えてまとめられたものである。、
 全体は次のとおりである。
(目次省略)
 第1章で紹介されているヨーロッパ地域は「近代文書館発祥の地」といわれ、長い伝統を持つと共に先進的な活動を展関している。これら諸国の文書館の状況を知ることで、文書館(アーカイブズ)システムとは何か、を理解することができよう。また、基本は共通でも、それぞれの文書館システムにはお国柄を反映した独自性が目を引く。特に、オランダについての紹介で詳述されている「広域文書館」については、わが国でももっと研究されてしかるべきであろう。
 アメリカの文書館の章では、全国(全世界)にまたがるアーキビスト協会の話から、アメリカ合衆国ニューヨーク州ロチェスター(Rochester)市やカナダオンタリオ州ウィンザー(Windsor)市の文書館、さらに企業アーカイブズであるウォルト・ディズニー(Walt Disney)・アーカイブズまで様々な現場の状況が紹介されていて,文書館というものの多様さを感じさせてくれる。
 会員数が多いことでは世界第一というアメリカ・アーキビスト協会(Society of American Archivists、略称SAA)に集うアーキビストは、文書館という館の職員に限らない。それは、「あらゆる組織において、記録の保存はアーキビストの専門領域であるというアメリカ流アーキビストの位置付け」であると紹介されているが、アーキビストの仕事を「特殊な古い歴史資料」にのみ結びつけようとするという見方がいまだに残るわが国とは、発想において雲泥の差を感しる。
 また、市立文書館業務の紹介では、文書館の位置付けがわが国のいわゆる「地域文書館」とほ異なり、自治体組織としてのアーカイブズ〈長期的に保存すべき記録資料)の保存・活用に重点が置かれている点が注目できよう。特にロチェスター市では文書館が財務局の管轄にあり、財政削減システムとして認識されている。決して「金食い虫」のシステムではないのである。
 中国の文書館の章では、「100万人のアーキビストと専門教育」の節で、国家的な中国のアーキビスト組織と、中等教育にまで及ぶ各層専門職の養成について触れられていて興味深い。
 アジア・太平洋地域の文書館の章には、日本を合む14ケ国の文書館体制が紹介されている。各国の状況を見て、「経済的には先進国と自負する日本だが、こと文書館については、東南アジア各国と比較してみると、日本よりもずっと文書館学の原則にもとづいて活動・機能していることに驚かされる」という著者のことばは、わが国の文書館事情の偽らざる現実であろう。
 アフリカの文書館の章では、「今日のゲリラは明日の政権」が衝撃的だ。これはケニア国立文書館副館長の講演の報告で、「今日の文書館の資料保存は、政権担当権力者の記録保存に偏りがちである」という。つまり現在は反権力側にあるゲリラについても、明日は政権を執る可能性があるのでアーカイブズの保存が必要だとの主張である。アフリカ諸国の政治的事情が色濃く出たものであるが、これを受けて著者は「『奢れる者』の記録のみ保存すれば事足れりとするような傾向が、私たちのなかに巣くっている」と自戒している。
 終章、文書館―文化のモノサシでは、著者は「文書館を見ること、それはその国の文化の基礎を見ることに他ならない」と語っているが、これは本書の主題ともいうべき言葉であろう。裏返せば、あなたの国、地域の文書館はきちんと「文化の基礎」を体現していますか? と足もとに対する警鐘でもあろう。既に見たように、世界の文書館の様々な事例と比較することで、わが国、わが地域の文書館の状況が浮き彫りになってくるのである。
 最後に、補章として「21世紀を前に―電子記録の時代ヘ」が書き下ろされている。著者の目は本書中でヨーロッパの文書館を紹介している1990年代初頭の文章から電子記録の保存に注がれているが、それは取りも直さずヨーロッパで早くから電子記録が重要視されていたことを物語る。そして今や世界の文書舘の趨勢は電子記録の「長期保存=アーカイビング」を如何にするかにあると言っても過言ではないようだ。そうした意味では、本書は過去と現在の世界の文書館事情を紹介した上で、私たちを来るべき時代の文書館システムの入口に立たせてくれるのである。
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