都丸十九一著『餠なし正月の世界−地域民俗論序説−』

評者:横田雅博
「群馬文化」302(2010.4)


 懐かしかった。そして、嬉しかった。本書を通して再び先生にお会いできたことが、である。著者である都丸十九一先生は、二〇〇〇年三月二十一日に亡くなられている。本書は、板橋春夫氏のご尽力によって編集・刊行された、先生の論文集である。とは言え、その企画は先生のご存命のうちになされたものであり、諸方に発表された多くの論文・報告をテーマごとにまとめ、一冊に編まれたのは先生ご本人である。したがって、この本がご自身の手による研究の集大成であることは間違いない。
 本書は、表題にもなっている「餠なし正月」についてのみ書かれたものでは、もちろん、ない。その内容を明確に表現しているのは副題の「地域民俗論序説」の方である。地域民俗学の研究とは、ある地域で民俗事象を研究することによって、地域を越えた民俗の背景、すなわち日本の民俗の問題を考えようとするものである。
 都丸先生にとっての地域は、先生の主たるフィールドであった群馬県に重なる。つまり、群馬県の民俗を詳細に調べることで、日本の民俗を追究してきたと言えるのである。本書の各章に収められた個々の論文は、その具体的な実践と言ってよい。

 第一章「餠なし正月の民俗」には三編の論文が収められている。そこでは、豊富な聞き取り資料や文書資料を駆使して、群馬県では正月に餠や雑煮を食べない餠なし正月が普通であったことを明らかにしている。これらの論文は、その後の餠なし正月や畑作文化の研究に多大な影響を与えたものであり、その意義は大きい。
第二章「地域社会と民俗芸能」には四編の論文と一編の報告が収められている。その一つ「地蔵行事と地域社会」では、各地の地蔵行事の事例を丹念に追うことで群馬県の地蔵信仰の特徴を明らかにするとともに、『高崎志』に見られる民間宗教者に関する記述から、時宗の鉦打ちが和讃の普及に関与した可能性に言及している。
第三章「人の一生と食物」には五編の論文、第四章「生業の民俗」には二編の論文と二編の報告が収められているが、本格的な論説を中心とした一・二章とはその性格をやや異にする。初出が一般向けの民俗講座的な本であったこともあって、群馬県の民俗を概説する内容となっている。それらはフィールドワークによって得られた豊かな知見に基づくものであり、読む者を民俗の世界に引き込む。
第五章「地域民俗学の立場」は本書の総括ともいうべき章である。四編の論文と一編の報告から成り、民俗の地域性、民俗学と歴史学との関わり、民俗学から見た県民性の問題などが論じられており、興味深い。

 それにしても、本書を通読して、都丸先生の研究の幅の広さ・深さには改めて驚嘆せざるを得ない。しかも、先生はそれらを決して難解な専門用語で表現されることはなかった。都丸調とでもいうべき独特の、読者に語りかけるような平易な文体で、大切なことをさらりとおっしゃるのである。
なお、巻末には先生の略年譜と板橋氏の「都丸十九一の民俗学」が付されており、本書の理解に役立つ。ぜひ、論文と併せて一読されることをお勧めしたい。


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