竹谷靭負『富士塚考』

評者:城川隆生
「多摩のあゆみ」138 たましん地域文化財団(2010.5)

 本書は、日本を代表する山岳霊場「富士山」のミニチュアである「富士塚」を 築くという宗教現象を、個別の富士塚の築造にまつわる史料を紐解きながら、広 い視野から考察した好著である。
 本書の立論と記述のスタイルは、できるだけ同時代に近い史料を数多く紹介し ながら、結論を急がず、従来の定説に惑わされること無く史料に語らせることで 説得力のある論文集となっている。すでに発表されている論文の改稿と書き下ろ し論文から構成されているため、内容及び史料紹介に多少の重複も見られるが、 それも、内容の再確認にちょうど良いタイミングで出現するため、くどいという ほどの印象は受けない。
 本書は、富士山のミニチュアのうち圧倒的多数を占める、「安永八年(一七七 九)に高田藤四郎築造の高田富士」以降の「富士講徒によって築造された」「富 士塚」群を考察の主対象にするのではない。本書の特徴は、その「高田富士」よ り以前の富士塚築造へと至る諸系譜を考察している所にあるのである。
 室町時代の『鎌倉年中行事』に記録されている「富士御精進」「飯盛山之富士 」の富士とはどこか?各地の諸史料に記されている「富士勧請の地」「辰野富士 」「富士見塚」「富士塚」の多くがすでに中世期に存在していた証拠の数々。
 同時代史料での確認が難しい事例も多いが、「富士講の富士塚以前の富士塚」 が必ずしも珍しくないことが謎解きのような手法で明らかにされてゆく。そして 、その影には、中世・近世を通じて富士山を両界マンダラの修行場として峰入り 修行を行ってきた村山修験による廻檀活動が次第に見え隠れしてくるのである。 それを著者は「村山修験コード」と名付けている。
 全国的な山岳宗教史を大雑把に俯瞰した時に、中世期と近世期の様相には大き な違いがある。中世期には近隣の顕密寺社組織から派生した周辺の修験集団が全 国的なネットワークを持ちながら山岳自然環境を修行場として管理していたのが 、中世末に至るとその修行場に多くの俗人登拝者を招き入れるようになる。また 、既成教団や寺社組織からは一定の距離を保った多くの単独修行者の活動が活発 になり多くの信者を獲得してゆくのも近世期の特徴である。
 本書が「富士塚」をキーワードに山岳霊場「富士山」信仰史の一断面を見事に 切り取って見せるのも、全国的な山岳宗教史の流れを踏まえたうえでの作業であ ろう。
 雄大な自然環境を有する霊場が身近にコピー(写)されるという宗教現象はか ならずしも珍しいものではない。古くは、熊野三山(本宮・新宮・那智)のコピ ー。西国三十三観音巡礼の、坂東や秩父へ、そして徒歩生活圏へ、さらには近隣 寺社境内へのコピー。吉野金峰山(御嶽山)のコピー。大峰(熊野〜吉野)の地 方霊山へのコピー。等々。単に「勧請」という言葉だけでは説明できない景観の コピー認識と肉体的苦行性を伴った精進潔斎・巡礼・禅定などの修行的要素の継 承。
 しかし、周知のように、その霊場の地形的特徴までをもそのままミニチュアに コピー造形し続けるというのは他の霊場ではまず見られない富士山信仰の大きな 特徴である。もちろんその中には古墳や自然の地形を活用しているものも珍しく ないようだが、その辺りの再検証も本書の魅力である。
 本書は、富士塚研究・富士山信仰研究の最新の情報と地平を謎解きのスタイル で我々に示してくれるだけでなく、全国的な山岳宗教史の中での富士山信仰と富 士塚を考えるヒントも提供してくれる。
 例えば、本書で紹介されている埼玉県志木市田子山に祀られている暦応三年( 一三四〇)の「浅間下社内の逆修板碑」である。この板碑の文面「瀧山千日富士 峯前途入壇瀧山千日阿闍梨耶承海十瀧房四十五才逆修」は明らかに修験の碑伝(ひ で)と様式的に共通性があり、「瀧山千日」という熊野那智修行を意味する定型句 を肩書としているこの修験者の修行キャリアの中で富士登山修行も重要であると いう強い意志表示(伝承されてきたような「入定」の意志の有無はともかく)を 読み取ることができる。
 最後に、本書の紹介には目次詳細は必須であろう。

 第一章 富士塚前史−富士浅間勧請
 第二章 富士塚の淵源と系譜
 第三章 村山修験の江戸の武家檀所と富十塚
 第四章 江戸大名屋敷と富士塚(一)加賀藩前田家江戸屋敷と本郷富士
 第五章 江戸大名屋敷と富士塚(二)紀州藩徳川家江戸屋敷と千駄ヶ谷富士
 第六章 江戸大名屋敷と富士塚(三)本荘藩六郷家江戸屋敷と浅草富士
 第七章 富十塚前史を飾る代表的な現存富士塚
 第八章 八王子市散田の富士塚―吉田御師衆の移住伝承
 第九章 富士講大先達藤四郎と高田富士
 第十章 藤四郎の高田富士築造の心願―東身禄山

(きがわ たかお 日本山岳修験学会会員、町田万象房代表)


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