平山優・丸島和洋編『戦国大名武田氏の権力と支配』

評者:村石正行
「信濃」62-2(2010.2)


  一

 『信濃史料』以降、近年の『山梨県史』、『戟国遺文武田氏編』刊行により武田氏研究のための史料集の環境は整ってきている。こうした背景から、戦国大名ことに武田氏や個別国衆の研究は近年盛んになっていると言えよう。いっぽう八〇年代に刊行された『戦国大名論集』が戦国大名論のいわば当時の到達点であったとすれば、いまやすでに四半世紀を過ぎたことになる。改めて研究状況を総括し、あらたな研究軸を模索することも問われていると言える。
さて、この一年の間に、我々は当該期の武田氏研究において貴重な成果を得ることになった。これらの詳細な書評は適任者にお任せするとして、まずここでは信濃史学会会員諸氏に手にとってお読みいただくよう、ご紹介する次第である。

   二

 平山優・丸島和洋編『戦国大名武田氏の権力と支配』
本書は、二〇〇六年山梨県で開かれたシンポジウム「戦国大名武田氏研究の新展開」ならびにその準備ワーキンググループで深められた議論を基礎に編まれた論文集である。いずれも一九六〇年代から八〇年代生まれの中堅・若手の気鋭の研究者九人によって執筆されたものである。
本書の構成をみておこう。

はじめに                      丸島 和洋
第一部 権力構造
@武田氏の知行役と軍制             平山  優
A武田氏の領域支配と取次
−奉書式朱印状の奏者をめぐって− 丸島 和洋
B武田氏の領国構造と先方衆 柴  裕之
C武田氏家中論 黒田 基樹
第二部 領国構造
D武田氏の検地と税制 鈴木 将典
E武田氏の外交と戦争
−武田・織田同盟と足利義昭− 小笠原春香
F武田氏の宗教政策
−寺社領の安堵と接収を中心に− 長谷川幸一
G武田領国の土豪層と地域社会 小佐野浅子
H史料紹介 高野山成慶院『檀那御寄進并消息』  丸島 和洋
I武田氏研究文献目録 一九八三−二〇〇七年   海老沼真治
あとがき                      平山  優

   三

 本書は二部構成で、第一部を大名権力論、おもに軍役制度・取次・先方衆・家中に項目を絞っている。第二部は在地における支配のあり方のなかで税制・宗教続制、あるいは他大名間の対外交渉のありかたに迫る。いずれも武田領国を幅広く扱っており、信濃国関係史料も多く利用されている。
本書の大きな特色は次のように言える。すなわち、第一に、武田氏研究もしくは戦国大名研究上の論点を整理し執筆者が共通認識を持った上で、重要な論点について各論で執筆されていることで、統一感のとれた論文構成となっていることである。つまり、幅広く目配りされている本書からは現段階における武田氏研究の研究動向、ならびに論点を詳細に知ることが出来る仕組みになっている。第二に、個々の論文が各論点を整理しながら、さらに個別実証を深めつつ、戦国大名としての武田氏の特質をそれぞれ導き出そうとしている点であろう。論集にありがちな「個別論文集成」的な不均一さをまったく感じさせないもので、これは極めて新鮮だった。
これらは編集者を中心としたワーキンググループによる良質な議論によって生まれたであろうことは想像に難くない。今後の戦国大名研究の一つのモデルになる試みだろう。
個別に見てみよう。

 @では、現在知られる軍役定書を再検討し、これまで地域差や階層差があったとされる軍役負担について定納貫高とはぼ一致していたことを指摘する。さらに、軍役定書に見られる武装の規格化が永禄十年を境に実施されること、軍制の統一・実施に寄親が果たした役割を述べるなど重要な指摘がなされる。
Aでは、大名間の意思伝達の担当者として知られる「取次」を武田家の例をとり詳細に検討する。取次を対人的、対領域と二類型し、果たして取次に担当する領域の分担があったか否かを論じ、取次を媒介にした家臣統制・領域支配の実体を明示している。武田氏の領国が拡大し周辺部へ大名側近が配置された結果、取次が寡占化されていったことも明らかにしている。
Bは、経略国の従属国衆を取り上げたもの。先方衆が一揆的な権力構造でありかつ同心衆との政治的な支配・従属関係であったことを確認しつつ、大名権力により、その支配領域(いわゆる「国家」)が保護されるかわりに大名への従属化が進んだ、とする。
Cは「家中」論。「家中」が大名との被官関係を持つすべてを包含することから、その構成員であるところの人々の呼称を改めて検出し分析を加えている。このことは従来あまり顧みられなかったが、文中の用語に即してその意味を考察する手法により家臣団研究の基礎的な研究として重要な成果を得ることになった。

 ついで第二部である。
Dは検地論と税制、軍事徴発をリンクさせて論じている。信濃国における武田氏時代の検地実例が一覧でき有益である。
Eは戦国大名間の外交政策を、室町幕府将軍足利義昭を媒介に武田・織田氏の外交関係を事例に挙げて論じる。このなかで、守護大名とは異なり、戦国大名は地域間の外交紛争の調停役として将軍権力を必要とし個別外交をおこなったこと、つまり武田信玄が足利義昭を支援したのではなく、義昭への接近は領国支配の優位を図るための外交政策の一環だったことを論じる。
Fは武田氏領国における寺社、寺社領のありかたについて論じる。寺社は武田氏に所領安堵を求め、いっぽうで寺社は武田氏に対し奉公、すなわち武運長久の祈?をおこなうことを求められていることを論証する。
Gは甲斐国富士御室浅間神社氏子小林氏を事例に、武田氏領国の土豪層の出自、活動の場、軍事的側面などその多様な姿を丹念に描く。とくに土豪層が地域の平和秩序構築のための側面を有していたこと、いっぽうで領国拡大・戦争拡大のなかで、軍事動員により在地を離れざるをえなくなる矛盾も抱えている。
Hは寛文六年に作成された高野山成慶院に伝わる重書目録で、院坊と師檀契約を結んだ武士の書状を目録として書き上げたものである。戦国期の成慶院の檀那の名前を伺える。信濃国では前山伴野氏がみえる。
Iは武田氏関係論文の目録。柴辻俊六編『戦国大名論集武田氏編』の目録を増補し、引き継ぐ形で作成されたもの。

 以上、紙面の関係もあり、雑ぱくな紹介となり、却って執筆の皆さんの論旨を正確に伝えていないやも知れず煩わしいものとなってしまった。編者ならびに執筆者にはお詫び申し上げたい。本書の魅力は前述の通りであり贅言を要しない。是非一読をお勧めしたい。


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