山本聡美・西山美香編『九相図資料集成』

評者:西岡亜紀
「国文学 解釈と鑑賞」75-3(2010.3)

 本書は、現存する「九相図」の収集を行った資料集である。編集は、美術史学の山本聡美氏と国文学の西山美香氏の共同作業に成る。「序」に「鎌倉時代から江戸時代初頭にかけて成立した、現在確認されている全ての掛幅、絵巻、版本九相図についてカラー図版と影印を掲げた」とあるように、非常に多くのヴァリエーションが揃った。

 全体は、「図版編」「影印編」「資料編」「論考編」の四部構成。「図版編」では、鎌倉時代から江戸時代に書かれた絵巻をカラーで七幅、掲載する。「影印編」には、江戸時代の九相詩の注釈書や九相観についての書物などに描かれた図像とその前後のテキストの影印七点と、参考資料として九相詩写本の最古本「蘇東坡九相詩序」を収める。「資料編」には、「九相観経典・経論と九相詩一覧」「九相観を説く主要経典抜粋」「『往生要集』人道不浄相抜粋」「『九相観詩』(敦煌本、包佶本、正倉院文書本)」、「伝空海作『九相詩』」「九相詩絵巻詞書対照表」「九相図場面対照表」「四天王寺大学図書館恩頼堂文庫蔵「九相詩絵巻」白描模本」を含む。これに、「論考編」として、編者による論考「日本における九相図の成立と展開」(山本聡美)及び「檀林皇后九相説話と九相図 禅の女人開悟譚として」(西山美香)と、林雅彦氏の「「人生の階段図」から「九相図」へ 女人の終焉をめぐる小攷」、相澤正彦氏の「室町時代の二つの「九相詩図巻」九博本と大念佛寺本をめぐって」という寄稿が加わるという充実した内容である。

 図版と影印には、個々の資料に丁寧な解説が付き、絵巻の詞書も翻刻されている。また、「資料編」には、「九相図」に関連する書き物の一覧、そのうちの主要な本文の抜粋、絵巻の詞書の対照表や九相の場面毎の対照表などが提供された。さらに、四つの論考は、本書に収録した資料についてのさらなる解説となっている。このような、図像と文字資料の解釈を併せ持つ本書の構成は、文字が併記されることの多い「九相図」を読み解くにあたっての最良の方法と言えるだろう。

 かねてより「九相図」は、美術史学や国文学をはじめとして宗教、民俗、生活文化などの多様な分野からの関心を集め、近年では海外における関心も高まっていたにもかかわらず、現在まで網羅的な資料集はなかった。今回、このような質量ともに充実した資料集が実現したのは、編者二人が専門の枠組みを越えて、協同的な作業を行ったことの成果に他ならないだろう。また、国文学から林雅彦氏、美術史学からは相澤正彦氏が寄稿していることにも表れるように、その学際的な試みを包容する先達の支えがあったことも、こうした大きな成果の基盤となっているはずである。

 本書が今後、広範な分野の学術研究に寄与することは言うまでもないが、このような細部に行き届いた構成は、「九相図」について初めて知ろうとする読者をも許容するのではないかと考える。

〔にしおか・あき お茶の水女子大学大学院研究員〕


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