山本聡美・西山美香編『九相図資料集成−死体の美術と文学』

評者:成澤勝嗣
「早稲田学報」1176(2009.8)

 まず副題を見てぎょっとする。人間が死んで腐敗し、白骨化していくさまを克明に描写した仏教絵画を「九相図」というのだが、はたしてどのようにして、死体は美術となり得たのか。
 本書は、美術と文学に展開する醜怪な現実を通じて、人が死ぬという問題について、改めて考えさせる。思えば私たちは、死と直面することから遠ざけられて久しい。死化粧を施した葬儀のあとは、焼かれて骨格すら留めぬ姿になった骨片を拾うばかりである。人体は死ねば腐り、ウジがわき、ひどい臭いがすること、つまり台所の片隅で干からびていくミカンやバナナと何ら変わりのないことを、私たちはすっかり忘れた。死から遠ざかることで、人間は尊大な自意識を膨張させ、死を等閑視するようになった。
 かつて、腐乱した死体が道端に捨て置かれていたような時代、生きるということは、今よりもずっと切実な命題であったにちがいない。死を隠蔽することで、生までをも軽々しく思うようになった私たち現代人に、「九相図」は、死と生の非常さについて教えてくれる。

(早稲田大学文学学術院准教授)


詳細 注文へ 戻る