地方史研究協議会編『全国地域博物館図録総覧』
評者:宮本 裕次
「地方史研究」334(2008.8)


 この本には、全国の地域博物館の展示図録のタイトルが都道府県別、館別に掲載されている。あわせて、展示の企画に携わった現場学芸員による二十一編の論考、「博物館と展示図録をめぐる史的鳥瞰」と題する白井哲哉氏の論考、内容別索引が収録され、付録としてリストをテキストデータ化したCD−ROMがついている。ここでは、手にとった一人の博物館学芸員の目から本書刊行の意義について感想を述べ、書評にかえたい。

 図録とは、博物館が発行する、展示品の図版および解説を収録した目録である。学芸員は、展覧会を企画する際、必ずといっていいほど以前に刊行された自館や他館の図録を参照する。多くは自宅や職場にあるものを用いるが、扱ったことのないテーマに踏み込もうとする場合、関連する図録の有無すらもわからず、心細い思いをすることがある。また外部からの問い合わせに対して自館や他館の関連図録を紹介する時、特に研究者から、図録の存在を知るすべもないとの声がよく聞かれる。本書冒頭の「刊行にあたって」における、「その学術情報としての価値を認められているにも拘らず、情報そのものの基盤が非常に脆弱」との指摘はその通りであり、刊行の意義は深い。さらに、論文や単体の史料集に比べて依然低くみられがちな図録の価値がより広く理解されればと願っている。
 利用対象について、編集の側からの言及は特にない。これは、対象をあらかじめ限定せずに自由に利用してほしいとの期待なのかもしれないが、私は、明らかに本書は博物館学芸員、地方史研究者や地域の資料を分析対象とする歴史研究者、博物館施設の動向を分析対象とする研究者を想定したものだろうと考えている。観覧者の中心であるべき市民向けでないとの批判も可能だが、研究者の間ですらも情報が共有されていない現状からいえば、それをもって本書刊行の意義を過小評価すべきでなかろう。まず以下では、私が想定した利用者ごとに、活用の意義なり希望なりを提案したい。

 博物館学芸員であれば、手元に図録がない他館の展示実績を知り、新たな展示の切り口を模索し、あるいはテーマに即した素材を収集するのに役立つ。もちろん図録の検索はあくまで入口であり、これを手がかりとして施設に照会し、学芸員同士のつながりを深め、新たな情報の交換や共有がはかられることを期待したい。
 地方史研究者・歴史研究者にとって図録は、資料の宝庫であるとともに、問題の場を発見し、分析対象に迫る入門書となるだろう。これについても、何らかの手段で図録本体を閲覧もしくは入手し、また担当者に会うなどして関連情報を得ることになろう。これまでも私たちは通常業務としてこうした人たちへの対応をしてきたが、安易な態度に閉口したこともしばしばあり、そうした事例が増えないことを祈りたい。
 博物館活動そのものを分析対象とする研究者にとって、本書は二十世紀後半における日本の地域博物館の取り組みの記録であり、将来の地域博物館の目指す方向性を論じ合う素材となろう。当事者である学芸員も、自館の歩みを振り返り、現在の立ち位置を確かめ、将来に向けて自覚的に取り組む糧とすべきである。白井氏の論考はそれを喚起する提言として受け止めたい。

 次に、本書刊行によって私が考えるいくつかの懸念について述べたい。ただしこれは本書の問題点ではなく、利用する側の自覚にかかわる指摘である。
 現在、インターネットを通じた様々な情報の共有化が急速に進んでいるが、現時点で本書以上の図録情報をネットで手に入れることはできない。しかし、この刊行を機に図録への関心が高まり、何らかの形で情報がネット上で供給され、順次改訂が加えられるならば、本書はその役割を終えてしまうかもしれない。しかしながら電子媒体の脆弱性は周知のとおりであり、情報量の爆発的な増加や伝達速度の向上は、情報を求め、吟味して選び出そうとする能力を容易に減退させかねない。こうした認識から私は、本書は生命力を十分に持ちうると考える。レプリカや写真パネルでなく可能な限り実物を見てもらおう、労を惜しまずに来館していただこうと努力する学芸員の立場からしても、ネット情報を万能と錯覚しそれにのみ依存する傾向とは相容れない。
 図録情報の集積は、地域博物館の現状をあぶり出し論点を見やすくする効果をもたらすが、こうした作業がもたらす宿命ではあるにしろ、個別事情が埋没しないよう注意が必要である。本書では現場学芸員の論考を収録することによってバランスが保たれているが、将来、展示を見もせず図録や本書のみで博物館を評する人が現れては困る。予算がつかず手作りの案内書を配らざるを得ないような現実を知るならば、ここに掲載された図録の数によって施設の力量をはかることはできまい。くどいようだが、あくまでもこの本は博物館を知るための入口なのである。

 本書は図録の学術的価値を高く評価するが、学芸員はそうした評価を意識するあまり、企画の情熱が図録に偏りすぎないよう自戒すべきである。また図録を利用する研究者にも、有益な学術情報の有無を評価の第一に置いてほしくない。本書の各論考で語られるのは展示活動の全体であって、そこには調査研究活動の積み重ね、実物資料と向き合う中で見出した新たな視点、それを観覧者と分かち合うための展示手法開発、さらには個人の立案を組織の事業とするための努力、出品者との交渉、広報活動や関連事業、資料の保存管理などといった点も含まれる。研究が社会への貢献につながると自覚する研究者には、学術研究の最前線であり市民に開かれた博物館の取り組みを、自己の研究の意味を聞い直しつつ、批評してほしいと願っている。
 刊行にこめられた地方史研究の進展を願う趣旨を心に刻み、今後本書が様々な用途で活用されていくことを期待する。




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