神奈川県博物館協会編『学芸員の仕事』
評 者:廣田 浩治
掲載誌:「ヒストリア」202(2006.11)


 昨今の博物館をとりまく現状は、予算・人員の削減、開館日数の縮減、閉館の危機という厳しい状況が相次ぎ、「冬の時代」と言われる。行財政改革のなかで管理運営の民営化(民間企業やNPOの参入)も進行し、博物館の社会環境は大きく変化している。
 その一方で、来館者の伸び悩み・減少に現れるように、博物館の旧来のあり方に反省を迫り、そのレゾン・デートルを厳しく問う市民の声があることは、真摯に受け止めねばならない。市民に開かれた館運営のさらなる努力が求められており、展示・講座等の事業も市民利用度やコストパフォーマンスの面からシビアな見直しを迫られている。
 博物館をめぐる議論はこれからも一層厳しさを増すであろうし、生き残りを賭けた模索がすでに各々の博物館で進められている。しかしその前に、博物館や学芸員の現状を正確に認識することも必要である。博物館とは、学芸員とはいったい何か。その原点は、現在はどうであるのか。この的確な現状認識がなければ、「博学連携」の推進や事業運営の見直しといっても、地に足の付いたものにはならない。
 『学芸員の仕事』は、「刊行にあたって」に書かれるように、神奈川県博物館協会(以下、県博協)の加盟館園のうち五〇の活動事例の紹介、および他館のコラム記事で構成され、博物館の「望ましい姿」や「あるべき姿」よりも「ありのままの姿」の紹介を目的に編まれている。その題が示すように本書では、博物館の「ありのままの姿」を「現場で働く学芸員を中心とした職員自らが携わってる仕事」(本書「おわりに」)と考えており、学芸員の普段の仕事そのものを市民一般に紹介することに力点を置いている。
 本書がとりあげる館園は実に多岐にわたり、歴史系の公立郷土博物館に奉職する書評者の力量では、その全てに言及できない。以下、9つの章ごとに、広義の歴史系博物館(狭義の民俗・考古・美術系博物館を含む)にしぼって内容を紹介し若干の論評を加えることにする。なお各章ごとの項目を執筆した学芸員とその所属館は、煩雑なため略する。

 第1章「調査研究の今」は、博物館に固有の事業として、地域に即した調査研究をとりあげる。「1 横須賀市の近代化遺産調査」は、地域的特性ともいうべき近代建築・土木遺産の調査を市民有志の協力で進めた事例を紹介する。「3 目録・紀要の刊行」は、研究紀要や資料目録の作成を市民への情報還元・情報公開ととらえ、厳しい財政状況下での研究成果発信の工夫や市民的ワークショップとの協働による目録刊行を紹介する。

 第2章「さまざまな資料をもとめて」は、博物館事業の根幹として「もの」(資料)の収集を位置づける。この章は自然系博物館の事例紹介が多い。「5 民俗資料の収集」は、高度成長期の大量生産製品が民具資料の範囲に含まれようになり、収集対象となる資料の範囲が拡大している状況と、それに館の収蔵スペースが不足して資料収集の対応が十分にできていない実態を指摘する。

 第3章「未来に遺し伝える」は、資料の保存活動をテーマとする。「9 古書の保存」と「14 虫・カビから資料を守る」は、薬剤燻蒸による殺菌・殺虫に頼らない保存法としてIPM(Integrated Pest Management総合的有害生物管理)の計画的な実施の必要性を説く。特に前者は中世以来の古書保存法に学んだ日常的な取り組みを紹介し、資料保存には展示観覧者の協力も不可欠として「参加型保存」を訴える。
 このほか、「11 掘り起こされされる横浜の都市形成史」は、横浜の近代都市遺構の発見と再現展示(「記録保存」「造形保存」)を説明し、こうした横浜ならではの遺構が埋蔵文化財行政の枠外にあり、発掘調査が保障されない問題を指摘する。「13 画像のデジタル化と保存」は、乾板写真のデジタル化とインターネット画像公開の取り組みを紹介するが、反面でデジタル画像化重視が実物資料保存の軽視につながりかねないとする。

 第4章「博物館の顔−常設展示−」は、「日常の業務」の一環である常設展示を扱う。「15 常設展示の設計−展示替えを中心に−」は、飽きられない常設展示を目指すための定期的な展示更新にとって、最新の調査研究成果や教育普及成果の反映、検索学習パソコンの導入などの他、展示更新のイメージチェンジ効果を狙うべきだとする。本章は自然科学系博物館の事例が多く、「16 体験ができる展示」「17 環境を演出する」「18 魅惑のプラネタリウム」と、体験・体感型展示の広がりを反映した項目が続く。

 第5章「短期決戦−特別展示−」は「短期決戦型」と位置づける特別展示の実際を扱う。本章は歴史系博物館の事例が多い。「21 特別展の本当の工程」は、特別展示企画の一例として、ストーリー性が先行する反面で展示できる資料が乏しい展示を組まねばならないケースの展示経験を紹介し、展示資料不足の中での展示企画の内実を伝える。「24 解説パネルの作り方」は、委託制作から館内での自作への傾向(すなわち学芸員の仕事量増加に直結)が高まった昨今の展示パネル制作事情にふれる。
 本章では展示に伴う資料の取り扱いにふれた項目がある。「22 巡回展示」は、巡回展における複数館の共同研究による展示の充実、観覧機会の増加、予算の節減、メディア報道などのメリットと、展示期間の長期化と資料保存上の問題や、スポンサーの商業主義優先が惹起する種々の問題を指摘し、これに対する学芸員個々の「見識」と「専門家意識」の必要を説く。「23 資料借用の現場」は、学芸員の仕事の中で最も緊張度の高い資料の出品交渉・借用・梱包・返却までの流れを説明するが、特別展示の増加の中で資料借用における担当者の「覚悟と気構え」の喪失に警鐘を鳴らす。

 第6章「博物館に集う・学ぶ」は、館の教育普及活動をとりあげる。「25 資料館で学ぶ人たち」は古文書講座の活動例を紹介し、「免許や資格に無縁」な解読講座を継続していく方法として、ボランティア型活動や解読古文書の出版などを指摘する。「27 ワークショップの実践」は学芸員主体のワークショップとは別の、参加者自身が主体となるワークショップを紹介する。「28 ボランティアが支える博物館」は、ボランティアや関連団体による古民家の管理と活用事例を紹介し、民家での民具製作に民俗技術伝承の意義があるとする。ほか、参加型・体験型講座の隆盛を反映した項目に、「29 石器づくり体験」と、民具資料の体験講座を紹介した「30 体験から発見へ」がある。

 第7章「多岐にわたる博物館の仕事」は、調査・収集・保存・展示に含まれない普段のさまざまな仕事を扱う。「31 多くの人々で支える博物館」は、大規模館の組織と職務分担を平易に紹介し、「32 少ない人数で支える博物館」は、小規模自治体立の館の職務と現状の課題に触れ、地域に即した普及活動を重要としつつも、その基礎はやはり調査研究だとする。「33 展示内容についての広報」は、学芸員が担うべき広報の意義は史料の解釈と紹介(社会還元)にこそあるとし、予算をかけない広報の工夫を紹介する。「37 博物館は図書の宝庫」は、博物館が所蔵する図書の一般閲覧利用サービスの事例を紹介し、館独自の図書収集の必要性を指摘する。「35 博物館の予算と執行」は、一見学芸員の仕事とみなされにくい公立館の予算編成と執行を解説する。

 第8章「模索する博物館」では、従来の館事業になかった新たな取り組みをとりあげる。博物館の相互連携の事例紹介には、緩やかな広域連携の加盟館による持ち回り企画実践を紹介した「38 地域ネットワークと“ミュージアムリレー”」、実行委員会−幹事会スタイルの共同企画展示をとりあげた「39 「東海道宿駅制度400年記念展」の開催」がある。「博学連携」では「43 学校と博物館との連携」と「45 学芸員も「出前」します」があり、両者ともに学校での講演や出前事業の事例をあげるが、教師との意見交換・打ち合わせや子どもとのコミュニケーションにおける課題も指摘する。
 本章ではコンピュータやホームページの活用事例が多い。館蔵資料データベース作成を主に述べる「40 コンピューターでの資料管理」、デジタル化した資料情報の収蔵と公開活用を紹介した「41 バーチャル美術館としての美術情報センター」、博物館準備段階での資料・映像公開を紹介しつつ学校・地域市民との双方向的コミュニケーションの必要も説く「42 ホームページでの情報提供」がある。

 第9章「こんな人・こんな仕事」は、あまり知られない学芸員の姿や博物館実習の実態に触れる。「46 実習生を迎え入れて」と「47 博物館実習を覗く」が実習をとりあげる。前者は実習前の学生面接や多彩なカリキュラムなどの実践例を紹介し、博物館実習の意義を積極的に打ち出しながら、学生や大学側にも実習への対応を求める。後者は実習生に実物資料を扱うという意識の希薄化が進んでいるとし、実物に触れさせることを説く。「49 ある学芸員の一週間」は科学系博物館の事例だが、学芸員の一週間の仕事のありのままの姿を語る。「50 博物館の仕事」は、博物館の仕事を行政機関の一員として事務系職員に認知させる努力と、行政や地域が一体となった事業に取り組んだ事例を紹介し、事業展開のみならず博物館のもつ情報を広汎な人々で共有する必要性を説く。

 以上、駆け足で各章の内容を要約した。文体は敬体調で、五〇の項目は短いながらも論旨は明快で、全体に平易で読みやすい。同業の者である現職学芸員が読めばごくごく当たり前に思えるようなことでも、実に丁寧に噛んで含めるような説明が施されていて、いささか苛立ちさえ感じるほどである。しかし逆に言えば、それほどに学芸員の仕事が一般に知られておらず、見えにくい不透明感をもち、誤ったイメージやさまざまの誤解が流布しているのであろう(書評者は「発掘をやっているのか」と、近親者や知人によく訊かれることがある)。専門家や学芸員をめざす人以外の一般の方々に学芸員の仕事をまず知ってもらうことを本書が目的としている所以である。
 各章の編成は、第1章から第5章までは、大学の学芸員資格履修課程で必ず教わる調査・収集・保存・展示といった、従来からの館事業をバランス良く扱っているが、第6章以降は普及教育(博学連携・体験講座)・ボランティア活動・博物館連携・コンピュータ活用・情報公開など、近年その重要度が高まり各館が「模索」している新たな領域をとりあげる。本書の章編成は、従来から位置づけられてきた学芸員の仕事→それ以外の多岐にわたる学芸員の仕事→近年重視されてきた学芸員の新たな仕事領域が、順にたどれるよう工夫されているように思える。冒頭から順に読めば、博物館・学芸員をめぐる問題をある程度系統的に知り得るが、博物館や学芸員に馴染みの薄い方やこれから入門しようとする方には、第7・8・9章から読み始めることを薦めたい。

 各項目の内容をみると、調査や保存の領域でも市民との協同調査や参加型保存といった新たな試みや理念が紹介・提起され、学芸員固有の仕事内容に関するイメージ(少なくとも学芸員の間で了解されてきたイメージ)を一新している。さらに予算執行・広報・博物館実習など、「事務仕事」あるいは「雑芸」として学芸員が自嘲気味に軽視しがちな仕事にも、光が当てられている。学芸員の仕事内容がきわめて幅広く、また近年の博物館をとりまく状況の変化により大きく変わっている(あるいは際限なく仕事が増えている)事情が丁寧に紹介されている。
 特に第9章などは、執筆する学芸員の個性が浮かび上がる記述になっている。博物館事業では学芸員の個性や資質が及ぼす影響は、図書館司書や文化財行政などとは比較にならぬほど大きい。学芸員個々人が市民に対して「顔」のみえる活動を展開することや、個性的な学芸員の存在は、どの館でもメリットや財産になっている筈である。学芸員の「顔」を市民に積極的に伝える点でも本書の試みは評価されよう。
 また逐一紹介しなかったが、各章の末尾に「わが館の自慢」と題して、神奈川県域の地理区分ごとに県博協加盟館を紹介し、館園個々の特色を説明している。これは巻末の加盟館名簿や博物館MAPと相まって、県博協加盟館園を網羅する事典・ガイドブックの役割を果たす内容になっている。
 結論めいてくるが、建前や虚飾を取り払って学芸員が自身の仕事をわかりやすく語ることに本書は成功しており、博物館の事業をありのままにわかりやすく伝えるという目的は、ほぼ達せられているといえよう。「冬の時代」といわれる状況の中でも、学芸員個々人が希望と夢をもって仕事に打ち込んでいる姿が伝わってくる。一般市民や事務系職員の間にままみられる、学芸員の仕事をあたかも「趣味」であるかのごとくみる「誤解」(第9章の50)は、本書を通読することで払拭されるだろう。

 最後に蛇足ながら、疑問に感じた点を述べる。
 本書の構成についてだが、博物館をとりまく喫緊の課題である館運営の行財政改革と民営化(指定管理者制度の導入)を正面からとりあげた項目がない。県博協加盟館で管理運営の民営化・指定管理化に踏み切った館もあったであろうが、本書の企画・執筆・刊行作業に三年を要した(この三年の間に館によっては運営管理の変更を準備した館があろう)ためか、その実情を報告しづらかったことも想像される。しかし、指定管理者制度の本格的導入などによる博物館管理運営の大きな変化は新聞紙上をも賑わし、我が国の博物館史上、大きな転記を迎えている。こうした問題についての実情報告が是非欲しかった。
 次にコラムを除く各項目の執筆者について、執筆している学芸員の各館における役職や担当が必ずしも示されていないため、同じ学芸員でもどのような立場からの発言なのか、同業の者としては掴みづらく感じた。ひと口に学芸員といっても、一定規模の館では職掌が複雑に区分され、その担当によっては意見も異なる傾向は確かにある。執筆者の専門や担当などのプロフィールがあっても良かったのではないか。
 コラム記事は館園名簿・地図とともに館園めぐりのガイドとして作られている(本書「おわりに」)。しかし県博協では、以前に館園めぐりのガイドブックとしてカラー図版入りでより平易な『かながわのミュージアム』を発刊していた(現在も販売中か否かは未確認)。そうしたガイドブックと本書の役割の差別化は明確ではない。また各章がテーマ別編成なのに対し、コラムは県域の地理区分ごとの編成であり、この相互の関係は希薄である。本書のコラム記事も各章のテーマに合わせて「学芸員の仕事」を前面に押し出した記事にした方が良かったのではないかと思う。
 博物館では学芸員だけが働いているのではないことは、第7章の31・32などでわかるが、本書各項目の執筆者はみな学芸員資格をもつ職員のようである。博物館の姿をありのままに伝えるのであれば、学芸員以外の職員、例えば事務系職員・広報専従職員・デザイナーやボランティアの仕事の紹介もあって良かったのではと思う。もっとも、事務系の仕事などもほとんどの館では学芸員が担当している(学芸員だけをしている学芸員はほとんどいない)実情は、本書の随所で語られている。本書の題が『学芸員の仕事』である以上、これは本書の成果を踏まえた上での次の課題というべきかも知れない。
 また、博物館や学芸員の法制度上の問題をとりあげた項目がないのは、本書の基本テーマからしてやむを得ないところだが、例えば県博協加盟館でも博物館法に基づかない館の比重が高いのではなかろうか。郷土博物館などに勤務していると、法制度の建前と実際の乖離をいやでも認識させられるのは、書評者だけではないであろう。現場の視点から法制度を見直す発言もあって良いと思う。また博物館法制度から最も遠く、県博協などにも非加盟の、街角ギャラリー的な展示場の存在も、各地で目立って来ている。そうした非加盟の展示場をどう考えるのかも、これからの博物館論には必要と思う。

 このほか、各項目の内容で感じた疑問点を数点。
 第1章や第3章の11では博物館と文化財保存部局との関係の問題に言及する。この両者の関係のあり方をどう考えるか、現場で悩む学芸員は多い筈である。同様の課題は第7章の37があげる館蔵図書の利用と、図書館の関係にも該当しよう。書評者の職場にも自治体史編さん部局がある。こうした諸組織との関係構築も、考えるべき課題である。
 第2章の5は民俗資料収集の難しさを伝えるが、果たして近現代の大量生産製品が民俗学のいう民具なのか、甚だ疑問である。この点は民俗学だけに依存しない生活史資料の研究方法論の提示を、近現代史研究に強く求めたい。
 特別展示を扱った第5章では展示準備の仕事が語られるが、現場での特別展示の準備過程は、講演会や見学会の準備・広報PR・テレビ取材対応・展示設営業者との実務折衝、所蔵者への細やかな気遣いなど、もっと複雑である。学芸員の仕事は専門研究能力だけではつとまらない。コミュニケーションやプレゼンテーションの能力が欠かせないのである(当たり前すぎて陳腐だが)。そのことのアピールはもっとなされて良かったと思う。
 ボランティア活動をとりあげた第6章の28では、ボランティア導入にはマイナス面も伴うとする。しかしボランティアの学芸員に対する不満や言い分も取り上げねば衡平を欠くのではないかと感じた。
 重箱の隅をつつく論評になってしまったが、県博協に集った館園が蓄積した「学芸員力」(本書「おわりに」)には脱帽させられる。そうしたエネルギーを学び取るという意味で、本書は学芸員にとっても必読の書になるだろう。

(〒597-0023 大阪府貝塚市福田10-2-504)


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