著者名:和田 寛編『河童伝承大事典』
評 者:齊藤 純
掲載誌:「日本民俗学」246(2006.5)

 編者は和歌山県の民話の収集・紹介で知られる。三十年の図書館勤務後、自宅に「河童文庫」を開設、「河童三昧」の生活を送る。本書の刊行は編者の河童調査五十年の節目にあたる。
 本書の河童の定義は明瞭でないが、共通語の河童と同様または比較される存在で、「それぞれの土地に伝わる河童に類似した生き物、化け物の話を細大漏らさず記録すれば、類型的なものとともに、その土地特有の伝承も浮かび上がってくるのではないか。」また「河童に関心があるということもさりながら、図書館業務の上で、このような事典があればどんなに便利だろうと思った」のが編纂の理由。内容は「私の四十年余りにわたるフィールドワークの成果を中心に、先学諸賢が著された文献によるものも加え、河童の呼称、形態、習性、信仰、言い伝え、昔話、伝説、世間話などの伝承を可能な限り集めてみた」という。
 伝承の記載法は、都道府県、市町村といった地域名を掲げ、その下に見出し付きの項目で資料を並べる。都道府県の記述の冒頭に、「呼称」「形状」「習性」等の項目を立て、伝承を要約した概観がある(一部、地方・市町村の冒頭にも)。この概観は本書独自の作業成果として評価できる。その後に地域毎の個別資料の記載が続く。ただし「項目名の見出しは便宜上のもので、必ずしも統一していない(凡例)」のは事典としていかがだろうか。関連する問題だが、索引もない。内容も構成も事典でない本に「事典」と名づける例は他にもあるが、感心できない。本書はむしろ資料集に近く、その点から価値が判断されよう。
 凡例に「各項目は本文と原典の引用部分からなり、引用部分は改行の上「」内に収めた」「巻末に『主要参考・引用文献』を付したが、各項目中に引用した文献については、その都度、本文中に紹介しているので、巻末のものは全国にわたって書かれているものに限定した」とある。試しに手近な奈良県の市町村史・民話集を見ると、ほぼ同じ文章が幾つもある。が、原文のままではないので「」に括られず、したがって出典表示も巻末記載もない。伝承の省略もあったが、原典にない情報の付加は困る。野迫川村砂山の河童の「猿のような姿」(三五三頁)というのは、どこで混入したのだろうか(『野迫川村史』六九三頁)。
 本書で伝承の見当がついたら、使用文献をなんとか見つけ出し、典拠や問題の有無を確認して使わなければならない。便利な本だが、真面目な利用者ほど使いにくい。もちろん編者自身の採集資料の存在、編纂の苦労、本書に結実した河童への愛情・情熱は疑えない。それだけに、こうした不備は残念である。
 
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