書誌紹介:神奈川県博物館協会編『学芸員の仕事』
掲載誌:「全国日本博物館学会学会ニュース」72(2005.6)
新刊紹介:高橋信裕

 本書は、「神奈川県博物館協会創立50周年記念事業」の一環として編集、出版されたもので、執筆陣も神奈川県内で博物館園の業務に携わってこられた、いわゆる学芸員と称される専門職員で、ほぼ占められている。こうした博物館業務のプロたちが、博物館のどのような分野で、どのような業務に腕を振るっているのか、また博物館という職楊のどこに魅力があり、やりがいを感じているのか、日常、真摯に仕事に向き合い、現場を切り盛りしている職員が書き下ろしたレポートであるからこそ、そこには、我が国の博物館が抱えている最も今日的な課題も、明らかにされている。
 本書の構成は9章から成っている。9章の内容は、博物館の行うべき事業を専門領域ごとに独立させたもので、それぞれの領域ごとに現場の学芸員がレポートする形をとっている。改めて述べるまでもなく博物館の事業には、「調査・研究」、「資料収集」、「整理保存」、「展示公開」、「教育普及」、「広報・経営」、「情報提供」などが上げられるが、これまでは、こうした用語をそのままタイトルに採用する紋切り型の編集手法が多かった。本書は、こうしたタイトルの付け方にも一般の読者や学生を意識した工夫がなされている。すなわち、「調査・研究」に関係する事業では“調査研究の今”(1章)と言うタイトルのもと、<市民参加>という新しい視点が、調査研究を発展、充実させていくという、成熟した社会の「今」あるべき博物館像を提言している。「資料収集」業務では“さまざまな資料を集めて”(2章)と題する章立てのもと、大学や研究所と異なり博物館の場合、資料が展示や研究などの使用目的によって、さまざまな状態、形態のものが収集、収蔵されるといった特異性を取り上げ、動物園等にあっては種の保存、絶滅危惧種の繁殖など、博物館が地球の生態や環境保全にも積極的に関与している現状などがレポートされている。「整理保存」事業は、“未来に遺し伝える”(3章)として、博物館の最も基本的な使命である、資料や作品、文化財を保存し、継承していく技術や手法が、これまでの環境汚染をともなう薬剤使用による殺虫、殺菌といった強制的な駆除から、環境配慮型の予防方策へとシフトが変わってきており、ことに展示場では博物館来館者の自覚と協力(飲食物を持ち込まないなど)が生物被害などを予防する大きな力となることなど、来館者とは縁遠い存在と思われがちな「保存」問題が、実は博物館利用者も当事者でもあるという指摘などは、現場を預かる学芸員ならではの問題提起である。「展示公開」事業では「常設展示」と「特別展示」とに章を分け、それぞれ“博物館の顔−常設展示−”(第4章)、“短期決−特別展示−”(第5章)とし、博物館業務のなかで最も利用者に親しみ深い展示の実際を、学芸員の立場から平易な語り口で、その企画から設計、施工の過程を紹介している。ややもすると、「展示」は展示業者の領域と見なされ、あるいは見なしてきた領域が、実は学芸員の主要な業務領域であることを強調するとともに、その成果が市民との共創のもとになされている様子が活き活きと語られている。外注の業者に頼っていたグラフィックパネル等を自館のパソコンで学芸員が手づくりするなど、展示制作の環境の変化も、IT化の進んだ時代を感じさせる。以下、「教育普及」事業では、“博物館に集い・学ぶ”(第6章)をタイトルに据え、自己実現のフィールドとして博物館を使いこなす市民とボランティア精神の融合が、博物館に豊かな彩りをもたらしている実践例、「広報・経営」事業では“多岐にわたる博物館の仕事”(第7章)のタイトルのもとに、利用者サービスに向けた取り組みやマネジメントなど経営のあり方が紹介されているが、なかでも経理を担当する職員による「博物館の予算と執行」は、学芸員とは異なる視点からの博物館現場の実際が垣間見られて興味深い。第8章となる「情報提供」事業は、“模索する博物館”としてまとめられ、博物館相互の連携活動事例とIT化の進む博物館業務の現状が紹介されている。最終章の第9章は、博物館学芸員を育成するインキュベーターとして博物館がどのような役割を果たしているか、そこでの学芸員の日常はどのようなものであるのか、“こんな人、こんな仕事”で締めくくられている。神奈川県という地域限定ではあるものの現代の博物館が包摂する最前線情報が網羅された、一種のミュージアム・エンサイクロペディア(博物館百科事典)として読むことの出来る実用書でもある。
 
 
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