石井 正己監修『遠野物語辞典』
評者:川森 博司
掲載誌:口承文芸研究27(2004.3)


 (前略)

 『遠野物語辞典』も、石井の「言葉へのこだわり」という視点を鮮明に反映している。石井は編集に際して二つの原則を立てている。「民俗学が後に作り出した概念を持ち込まない」ことと「周辺に見られる類似の現象に飛びつかないことである(一四頁)。「あくまでも『遠野物語』に限定し、そこから言えることだけを述べる、という態度を貫こう」(一四頁)とすることから、この辞典が立ち上げられている。動物編、植物編、神仏編、怪異編、衣服編、食事編、住居編、行事編、道具編、言語編、身体編の一一編に分けたうえで、項目の語彙を立て、「それぞれの言葉について、物語の用例をすべて盛り込み、その言葉が物語の中でどのように用いられているのか」(三二一頁)が説明されている。その効用はどのようなところにあるのだろうか。石井は「『遠野物語』に出てくる言葉に限定して項目を立て、それによって分節された物語をつなぐ糸にしてみたかった」(一四頁)と述べている。たとえば、「馬」は『遠野物語 増補版』の「題目」にはなく、「索引」でも網羅されてはいない。これを網羅して、新しい『遠野物語』の読みの可能性を拓きたいというのが石井の意図である。

 野村純一・菊池照雄・渋谷勲・米屋陽一編『遠野物語小事典』(ぎょうせい、一九九二年)は、「事典」という言葉が示すように、『遠野物語』の背後にある事象・状況の説明に多くを費やし、遠野盆地で生活してきた人々の歴史を蘇らせてくれる。それに対して、石井監修の『辞典』は、テクストの中にある言葉にこだわったものであるが、難を言えば、地元の視点からの語彙の読み解きがなされていないことが挙げられる。

 (後略)

*本書評は、石井著『柳田国男と遠野物語』、石井編著『昔話の伝承と資料に関する総合 的研究』と三書を合わせた書評ですが、『遠野物語辞典』の部分だけ抄録させていただ きました。


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