大森恵子著『年中行事と民俗芸能 但馬民俗誌』
評者・石垣 悟 掲載紙 日本民俗学218(99.5)

本書は浜坂町と温泉町の年中行事と民俗芸能を扱った『但馬二方の民間芸能』(一九八三)、但馬のざんざか踊りを中心とした風流踊りの芸態や成立過程について考証した『念仏芸能と御霊信仰』(一九九二)の続編として著されたもので、竹野町、養父町、大屋町、日高町の年中行事や民俗芸能を中心に扱っており、三冊で「但馬の民俗行事をほぼ網羅できた」とされている。収録された論稿は基本的に多くの事例を詳細に報告した上で、考察を加えるという形になっている。主な構成は以下の通りである。(目次省略)
序では但馬の年中行事、特に正月、盆、春祭り、夏祭り、秋祭りを概観している。
第一章「第一節 豊作祈願と正月行事」では、正月行事の各要素の意味を事例や史料から確認し、特に食べ物観の変化について言及している。「第二節 狐狩り・狐ガエリ行事の諸形態と民間信仰」では、狐狩り・狐ガエリ行事を分類整理し直した上で、その地域性を考慮しながら行事の意味を追求している。「第三節 但馬東部地方の初春行事」では、コトノハシ行事の事例を報告し、山の神との関係から行事の意味について簡単に考察している。
第二章は「第一節 竹野町の春から夏の行事」「第二節 養父町の春から夏の行事」からなり、各町の五月から七月の年中行事について地区ごとに概観している。
第三章「第一節 竹野町の盆行事」「第二節 養父町の盆行事」では竹野町、養父町それぞれの盆行事について地区ごとに概観し、「第三節 但馬地方の精霊流し」で、盆行事の特に精霊流しの意味について考察している。
第四章「第一節 地蔵盆と地蔵信仰」では、但馬の地蔵盆の実態を賽銭強要、百万遍念仏、盛り物といった視点から報告し、特に盛り物はその変化についても推察している。「第二節 愛宕信仰と地蔵尊〜但馬地方を中心として〜」では、但馬の愛宕信仰と愛宕講について概観し、特に験競べに注目して愛宕信仰と修験道との関係、さらに地蔵盆の意味についても言及している。
第五章は「第一節 竹野町の民俗芸能」「第二節 養父町の民俗芸能」「第三節 日高町・大屋町の民俗芸能」からなり、各町の民俗芸能について地区ごとに、また整理分類をしながら報告している。なお、いくつかの芸能の詞章も掲載されている。
第六章は「第一節 竹野町の民間歌謡」「第二節 養父町の民間歌謡」からなり、竹野町、養父町それぞれの民間歌謡が詞章を中心に報告している。
第七章は「第一節 養父町の民間説話」、「第二節 養父町の遊戯・通過儀礼(産育)」からなり、主として養父町における事例が報告されている。
このほか資料として「竹野町轟の太鼓踊り踊り歌本」と、付編として「兵庫県民俗文化財指定麒麟獅子の魅力〜浜坂町前町長中井登氏との対談〜」、さらに巻末には「但馬地方の年中行事一覧」、「但馬地方の民俗関係文献一覧」も収録されている。
著者の大森は、「民俗の伝承活動の啓蒙」を基本姿勢として本書並びに前二書を著している。民俗芸能を歴史的に捉えて、成立過程や宗教的意義を明らかにすることで、確実に後世へ伝えていこうというのである。彼女のこのような姿勢は、全国の民俗芸能を見て歩いた経験に基づいていると思われる。そこから相対化する形で自身の出身地但馬を捉えているわけで、その意味で内容にも説得力がある。またそのためか本書に収められた論稿のうちでも古いものは加筆され、近年の暮らしぶりの変化についても考慮が払われている。
また全体として各行事が詳細に記述されているだけでなく、常に整理分類がなされているほか、地図、絵、表が随時掲載され、各節末には写真も載せられている。さらに特殊な地名や語彙にはふりがなも振られていることから、研究者のみならず一般の読み手、但馬の民俗に不案内な人にも非常にわかりやすい構成となっており、民俗芸能や年中行事とはどのようなものなのかを改めて考える機会を与えてくれる。
学問的にも今日すでにみられなくなった行事が報告されていることから貴重な資料であるし、全国的な比較にも十分に耐えうるはずである。
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