悪党研究会編著 『悪党の中世』
評者:高橋 典幸
掲載紙:歴史評論590(1999.6)


日本中世史のキーワードの一つに悪党が挙げられよう。とくに一三〜四世紀においては悪党のかかわる問題は、政治・社会から芸能にまで及んでおり、この時代の研究を志す者にとっては避けては通れない課題の一つである。本書はそうした課題を共有する人々が集まった「悪党研究会」の活動成果を世に問う形で編まれた論文集である。
まず本書の構成を示そう。(目次省略)

 先述したとおり、悪党をめぐる議論は中世史の諸方面に及んでいるが、本書は、右の構成を一見して明らかなように、荘園制(流通を含む)や政治史にかかわる論稿が多い。これは、冒頭の渡邊氏の論文にも指摘のあるところであり、悪党研究会の関心のありようを示していよう。ここでは、紙幅に限りもあることなので、主としてこの方面から若干の紹介を試みてみたい。

 まず注目すべきは海津論文である。「悪党」の理解について、これをある特定の社会集団ではなく、訴訟用語もしくは国家的統制用語として捉えようとする傾向が近年見られるが、海津氏はその中心的な論客である。こうした傾向に対しては網野善彦氏から厳しい批判が寄せられたこと(網野『悪党と海賊』三七〇〜二頁)は記億に新しいところだが、本書の海津論文はこうした批判に対してあらためて自説を再確認したものと捉えられょう。第四章で取上げられている悪党交名の解析は海津説の基礎をなすものでもある。

 しかし、悪党研究会の「統一見解」として海津説が採られているわけではない。第二章に収められた錦論文・櫻井論文・渡邊論文は、いずれも、流通に関わる人々の中に何らかの形で悪党の実態を認めようとするものであろう。その意味では、第一章の青木論文が、史料上「悪党」とは現れることがない大谷道海を扱った点も興味深い。たしかに、悪党活躍期とも重なる一三〜四世紀に特有の活動を示す人々がおり、そうした人々といわゆる悪党との接点を探ることは、今なお有効である。

 また、櫻井論文は史料が少なく実態不明とされている路次狼藉に関して新見解を提示したものとしても注目される。渡邊論文は近年進展の目覚しい寺院史との協同の可能性を示唆していよう。錦論文は、近年氏が精力的に進められている関所研究の一環でもある。

 ところで、同じく第二章の蔵持論文はそもそも「悪党」が他称であり、異界の者を指す言葉てあるという原点を再認識させられた点で有益であった(議論自体は、評者には難解であったが)。

 一九七○年代以降の悪党研究は、こうした呼称としての「悪党」にこだわることによって展開してきたと思われるが、あらためて史料に立ち返ってこの問題に取組んだのが第三章の楠木論文である。その結果、「悪党峰起」という語が治安を乱すものの横行という以上の意味はないとの理解を得た点は新鮮であった。

 これまて、用語へのこだわりに支えられてきた感のある悪党研究も新しい方法を必要とする段階に入ったきたことがうかがわれる。先に指摘した悪党の理解をめぐる諸説も、そうした新しい環境の下での発展・深化が期待されるが、それは本書を手にする我々すべてに課された課題であろう。

 その点でも興味深く、また本書中でも出色と思われたのは、第一章の高木論文である。播磨国矢野荘における悪党活動やそれに対する荘民結合の展開などは、悪党研究にとってなじみ深い話題であり、荘民が警固にあたった白石城などについても漠然としたイメージを研究者それぞれが抱いていたものと思われるが、高木氏の現地調査を踏まえた景観復原には「えっ、こんな所だったのか」という驚きを禁じ得ないというのが正直なところではなかろうか。

 第三章で野伏の活動を扱った梶山論文や合戦の様相に言及した佐藤論文も、悪党や悪党活動の具体相に迫ろうとする論稿であるが、そのアプローチの仕方は文献史料の読み直しというオーソドックスな方法であった。高木論文は、この分野に新手法をとりいれたものとして注目すべきであろう。今後も悪党活動の舞台を具体的に復原する研究が蓄積されていくことが期侍されるが、これも悪党研究の新しい環境の目指すべき方向の一つではなかろうか。

 本書全体を通じて、若手の執筆者の多いことが注目される。最初にも述べたように、悪党研究は中世史の諸分野にわたるものであるが、悪党研究を通じて中世史の新生面が切り拓かれることを願うとともに、我々もそれに伍して行かねばならないと思うところである。

 以上、評者の力量不足から、一部に偏した紹介に終ってしまい、本書の全貌には触れることができなかった。本書執筆者の面々及び読者のご海容を乞う次第である。
 
 最後に気になった点を一つ。巻末の関係文献目録に山陰加春夫氏の「『悪党』に関する基礎的考察」が挙げられ、氏の著書『中世高野山史の研究』所収とされているが、この論文は同書には採られていない。


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