西沢淳男編『江戸幕府代官履歴辞典』
評者・和泉清司 掲載誌・地方史研究295(2002.2)

 本書は編者が先に刊行された『幕領陣屋と代官支配』の付録となっていた「幕領代官・陣屋データベース」のCD−ROM版収録データを活字化して刊行したものである。収録されている人物は代官頭、郡代、代官等(以下まとめて単に代官と称す)に就いていた者一一八三名に及んでおり、江戸幕府時代(一部その前の五ヵ国時代及び関東領有時代を含む)における全代官の人名辞典である。
 近年代官個人及び代官制度はもとより幕領や代官所・陣屋等の分布や所在地、支配高、代官の発給文書等についての史料刊行や研究が盛んに行われ県史をはじめ市町村史においても項目が立てられて記述されることが多くなってきて、代官研究は一段と進展してきている。しかしながら著名な代官などについては戦前から個人顕彰などの形で研究されてきているが、江戸幕府時代を通してはどのくらいの代官がいたのか、また代官所・陣屋の数はどのくらいあったのか等基本的な問題については不明であった。さらに代官の就任やその後の転出入の動向などについても『寛政重修諸家譜』『徳川実紀』『柳営補任』『武鑑』等の記載から断片的に判明するぐらいであり、代官制度の全容はつかみきれていなかった。
 それらの要求に対し今回編者が答えてくれたもので、一一八三人の個々の代官について禄高はもとより、代官になるまでの前歴や前職、代官への発令年月及び赴任地への転出入年月または後職、そして最終役職等について、さらに『寛政重修諸家譜』の典拠巻数等が順番に記載されており、個々の代官の動向が一目瞭然に判明するのである。代官は中・後期においては三年から五年ぐらいで支配地を転々と変わるため、年貢割付状・訴訟文書等の単独文書に出てくる代官の性格や動向についてはなかなかつかめなかったが、本書によりそれが氷解するのである。
 これらの代官についてのデータ収集にあたって編者は前述の『寛政重修諸家譜』等の資史料はもとより、『江戸幕府日記』『柳営日次記』等の史料のほか『江戸幕府の代官』『江戸幕府代官史料―県令集覧』『江戸幕臣人名辞典』等の刊本、県史・市町村史、代官や幕領についての研究論文、さらには個々の代官の伝記や史料等にいたるまで、かなりの数の資史料を博捜されている。このような努力の結晶として本書が出き上ったのであり、編者に敬意を表したい。
 次に本書の若干の問題点についてみると、江戸幕府時代の中・後期に活動した代官については前述の資史料がよく残されていることもあってほぼ全代官が明かになっていると思われる。しかしながら初期の代官の動向については編者も断っているように欠落している代官もあり、必ずしも十分に取り上げているとはいえない(もしこれらが加えられていればもう少し増えたであろう)。だがこのことはややないものねだりの感がないともいえない。その理由は第一に初期代官の性格については、代官頭(伊奈忠次、大久保長安など)の下代的性格をもつものも多く、彼らが代官と同じような職務を行っていることも多いため、代官との区別がつきにくいこと、第二に初期代官の幕府への登用年代や活動地域、生没年代、禄高等が不明確なことが多く、また資史料により記述に違いがあること、第三に代官頭の終焉後下代から代官に昇格するものもいるが、これらがいつからなのかも不明確なこと、第四に初期代官の中には資史料に個別的、断片的にみられるが、彼らの活動状況を他の資史料により証明できないため取扱えない者もあること、第五に将軍綱吉期から吉宗期にかけての代官粛正により初期代官の多くが消滅したこと等、様々な研究上の障害があるため、十分に把握できないことによるもので、必ずしも編者の力量によるものではないのである。
 次に本書の中で取り上げられている代官の中には同一人物と思われる人物が重複して掲載されている(例えば木村董平定政、中村杢右衛門之重など)。この点今後の検討が必要と思われる。
 さらに本書では前述のようなデータとしての項目立てによる支配代官所・陣屋への転出入に力を入れた履歴中心の記述が中心であるため、代官個人としての活動内容や人物的つながり、複数代以上世襲したような代官の親子関係、代官所の支配高等についての記述もほしかったように思われる。またさらに欲をいわせてもらうと巻末にでも、尾花沢(出羽)、桑折(陸奥)、中泉(遠江)、大坂(摂津)、大森(石見)、日田(豊後)等主要な代官所・陣屋の歴代代官を表にして掲げてもらえたら利用に一層便利であったと思われる。
 以上本書の若干の問題点について紹介したが、これにより初の本格的な代官人名辞典としての金字塔たる価値は少しも下がるものではなく、むしろ本書の刊行により今後の代官研究や幕領支配の研究に大きく寄与することはいうまでもなく、それ以上に研究の進展を一層促進するものである。

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