高梨一美著『沖縄の「かみんちゅ」たち』

評者:澤井真代
「口承文芸研究」33(2010.3)

 沖縄の女性祭司の世界を多角的に、丹念に追究した高梨一美氏は、二〇〇五年九月、五一年の生涯を閉じた。本書には、氏が一九八〇〜二〇〇〇年代に発表した論考が、氏の師と学友の手により収められている。

 沖縄本島北部地域の、「かみんちゅ」と総称される「ノロ」や「根神」などの女性祭司をめぐる調査研究が、氏の考察の核となっている。氏は、現行の儀礼の調査と祭司への聞き取り調査を重ねるとともに、古琉球(一二世紀頃〜薩摩侵攻の一六〇九年まで)の史料を読み解き、沖縄の女性祭司の役割や社会的位置付けを時間的な深度をもって捉える。民間の巫者(ユタ)を含め、神と近しい女性たちを蔵す社会のあり方へも目配りしながら、女性祭司に関する諸問題を考察する切り口は、神名伝承、成巫過程、航海儀礼、カー(井戸)信仰、天女伝承、オモロの歌舞論と、多彩である。こうした拡がりをもった枠組みの中で、各論考はどれも、主題として、あるいは考察の基底に、沖縄の女性への神の憑依、憑霊の問題を置いている。氏のいう憑依、憑霊は、現象面で明らかなトランスを伴うものに限らず、より広く、社会・文化の脈絡における神と女性の交流を指す。さらに、特定の立場の女性と神との同一化及び同一視もが、考察の射程に入る。氏は、史料に記録される女性祭司の神としての言動を考証する。また実地調査に基づき儀礼過程をふまえ、伝承や観念上の神と現行儀礼における祭司が二重化する社会的文脈を指摘する。沖縄の女性と神が結ぶ独特の関係にまつわる、微妙な心のひだならぬ文化のひだを、氏は様々な角度から捉え続けた。

 具体的な考察の材料として氏はしばしば、当該社会に共有されるものとしての説話伝承を参照する。たとえば、祭司や巫者の就任・成巫過程の一場面を語るあるモチーフが、史料と民俗事例を通じて繰り返し出てくることを挙げ、説話と実人生の反映と再話の相互関係を論じ、南島のシャーマニズムを、個人的資質の問題としてのみでなく社会の仕組みの問題として提示する。氏はまた、祭司が儀礼において歌う神歌の伝承の実態に早くから着目した。神歌を担う人としての祭司、担い手にとっての神歌に迫る論考は、発表当時に貴重であっただけでなく、神歌伝承の方法において対照的な複数の地域を比較し、各々の特質を鮮やかに描く点で、今日も示唆に富む。

 U部構成をとる本書のT部は、氏の折口論で終わる。折口の「まれびと」論形成過程において、沖縄本島の「人にして神」である祭司の存在を位置付ける論考と、史実の背後を捉えようとする折口の「史論」の目的と方法を分析する論考からは、氏の沖縄研究における視角に、折口論の緻密な把握が深く関わっていることがうかがえる。

 本書で氏が柳田を評す言葉を借りれば、氏は折口論の、また沖縄の女性祭司の世界の「くまぐま」を見つめた。そこに確かな筋をつけて要点を明らかにした氏の成果は、沖縄の女性祭司をめぐる現実及び観念世界のさらなる考察へと、我々を向かわせる。


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